前の月へ 2001年 5月
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5月 4日 (第285回)

北海道に恐竜はいた?

 先月28日に当館の今年はじめての学習会を行いました。ひみつの教室です。参加者はその日まで内容をいっさい知らされないというものです。いったいどのくらいの応募があるのか心配でしたが、定員の2倍の申込みがあり、ほっとしているところです。
 さて、その第一回は「生きもの40億年」というテーマで、この地球に生命が誕生してから現在まで、どのような生きものが生まれ、進化し、あるいは消えていったか、私たちのように背骨をもった生きものは何から生まれてきたのか、北海道には恐竜はいたのかなどをスライドやビデオ、化石などで勉強してもらい、最後に粘土で作ってもらうという内容でした。
 ところで、参加した方は北海道に恐竜がいたと考えていたようでしたが、実はそうではないというお話をしましょう。2億数千万年前から6千万年前に南極大陸をのぞく地球上のあらゆる地域に生きていた恐竜。映画ジュラシックパークをご覧になった方は、ティラノサウルスやブラキオサウルスという超大型の肉食・草食恐竜のイメージが浮かぶでしょう。確かにあれは恐竜です。
 恐竜は、骨盤(腰の骨)の形によって2つに分けられています。トカゲの骨盤に似ているものと鳥の骨盤に似ている仲間です。ですから、この2つのどちらかの腰骨をもっていないものは恐竜とはみなされません。こうなると、海を泳ぎまわった首長竜や巨大なワニのようなトカゲ竜、するどい歯をたくさんもったイルカのような魚竜などは恐竜に入らないことになります。
 実は北海道でみつかっているものは、このような仲間なのです。今回の学習会の準備をいろいろとお世話してくれた古生物学者の桜井和彦さんが勤務される穂別町立博物館には、一億年近く前に生きていた全長8mのエラスモサウルス(ホベツアラキリュウ)や、6mのモササウルスが迫力ある姿をみせてくれています。
 私たちの北海道には恐竜はいなかったのです。でも、海を自由に泳ぎまわるこのような巨大な生きものたちがたくさんいたのです。

(学芸員 高橋 理)

作品を手にした参加者のみなさん

5月11日 (第286回)

千歳川、5月もヤマメ禁止  館内ではキュウリウオを展示

 ゴールデンウィークが終わりました。連休中は肌寒い日が多かったですが、そんな気候の中でも多くの方にご来館いただきました。イベントのサケ稚魚放流、クイズ「サモン君をさがせ!」などに楽しく参加する親子の姿、そして「オオウナギを見に来た」という声なども聞かれました。本当にありがとうございました。
 連休が終わってホッとするのも束の間、次は夏休み特別展の準備です。早速来週から、職員が魚の採集へ出かけます。夏休みも充実した展示を目指したいと思っていますので、どうぞお楽しみに。
 さて、最近の千歳川は日中の水温が10℃を越える日もでてきました。観察窓ではまだサケの稚魚も見られますが、4月の中頃から姿を現したウグイがだんだんと増えてきました。その他アメマス、イバラトミヨ、そしてサクラマス(川にいるものはヤマメという)の姿もあります。サクラマスは稚魚の他、一年間川で過ごし、これから海へ向かう10pぐらいの個体もいます。最近、千歳川で釣りをしている方を多く見ますが、千歳川では4月、5月がヤマメの釣りが禁止されていますので、十分気を付けてください。
 館内では、たった3尾ですがキュウリウオの展示をしています。噴火湾に流入する河川では、例年であれば4月の下旬からキュウリウオが産卵のためそ上します。それに合わせ展示用のキュウリウオを数十尾採集するのですが、今年は同じ時期でたった3尾しか採集できませんでした。
 この冬は支笏湖が全面凍結したなど、例年より寒かった印象が強いですが、やはりそれがキュウリウオのそ上にも影響を与えているのでしょうか。本来ならそ上も終わっている頃ですが、まだ来ていないとのこと。もう少し様子をみたいと思います。

(学芸員 荒金 利佳)

海へ下るサクラマス

5月18日 (第287回)

旅立ち遅れた稚魚観察  ヒルに寄生された稚魚も

 桜の時期も終わりを告げ、北海道の最もすがすがしい季節を迎えようとしています。千歳川の観察窓でも水温が8℃台になり、ウグイやブラウントラウトなどの常連の魚たちが姿を見せ始めました。サケの稚魚たちはもうほとんどが北の海に旅だってしまいましたが、まだ、各窓に数匹出遅れた稚魚たちが観察されています。
 先日、お腹に大きな黒い「できもの」のようなものをつけている稚魚に出会いました。ヒルに寄生された稚魚です。「集団から出遅れただけでも不運なのに、さらに寄生されるとは」と気の毒に思ってしまいました。まだ、泳ぎが上手でなく川の底でじっとしている時期に寄生されたのだろうと思われます。稚魚の体をよく見ると、パーマークが消えかかり、もういつ海へ出てもおかしくない大きさでした。
 ふと、子どもの頃のナメクジ退治を思い出してしまいました。ナメクジに塩をかけると体の水分が外に抜けて、小さくなり死んでしまいます。
 このまま川で生活している魚であれば、たぶんヒルも安泰だったに違いありません。もう、一週間もすればこの稚魚は海へ出ます。川を生活の場にしているヒルは海の塩水には耐えられません。ヒルにしてみれば、そろそろ脱落を考えなければいけないし、サケにしてみれば、一刻も早く海へ出なければいけません。翌日、その稚魚は観察窓から姿を消していました。
 さまざまな生き物が自然の中で生き残ろうと懸命です。改めてその厳しさを痛感しました。

(主任学芸員 遊佐 清明)

ヒル

5月25日 (第288回)

宗教改革  −アマルナとマニエリスム−

 今、札幌の近代美術館では古代エジプト展が開催されています。先日行きましたが、平日で入館者も多くなく、展示品のすぐ前でゆっくり見学することができました。
 今から五千年以上も前にナイル川がもたらす肥沃な土地に生まれ、ペルシャやローマによって滅亡されるまで栄華を誇ったエジプトについては、みなさんもよくご存じでしょう。クフ王などのギザの三大ピラミッドや大スフィンクス、オベリスク、ツタンカーメンのマスク、クレオパトラといったこの文明の象徴はあまりにも有名ですね。
 今回の展示は、古王国から新王国時代までをビデオも使って繁栄と衰退を平易に解説していましたが、その中で最も印象深く感じたのは新王国第十八王朝のアメンホテプ四世の胸像でした。文明誕生の古さは子どもの頃からエジプトへあこがれた理由の一つでしたが、さらに、三千年以上も前に断行された宗教改革に強く心動かされるものがあったのです。
 そのあまりに強引で急進的な改革の是非は別として、たった一人で伝統宗教に真っ向から戦いをいどんだアメンホテプ(=イクナトン)の人間性にひかれると同時に、彼一人の時世で終わってしまった改革の時代=アマルナ期に芸術・思想の分野にまで大変革がおこったという、宗教が社会・文化に大きく迅速に影響するシステムにとても興味をもったのです。
 エジプトの宗教は本来「多神教」で、ラーという太陽神を中心とした宗教的ヒエラルキーがありましたが、アメンホテプは唯一アトン神を崇拝する「一神教」を強制しました。これは伝統宗教との決別と対立を意味します。
 アマルナ芸術はそれまでの観念的な傾向を否定し、写実主義つまりリアリズムを重視するものでした。ところが今回見た胸像の細い顔、とがった長い顎、大きすぎる目はハム語族にはない特徴で、とても写実とはいえません。これは「マニエリスム」による造作でしょう。画家モディリアニの絵をご存じですね。人物の長い首がとても印象的です。ヨーロッパ美術史上、体の一部を誇張表現する方法がはやったことがあります。マニエリスム芸術です。誇張によって見る側に強い印象を与えようとするのです。アメンホテプの場合もその顔をマニエリスム的に誇張し、そこに宗教改革を進める断固とした強い意志と伝統的価値観との決別を示したかったのではなかったでしょうか。
 エジプト展、是非ご覧ください。

(学芸員 高橋 理)



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