国立公園支笏湖をはじめとする緑豊かな自然と清冽な千歳川が流れるまち千歳は昔、アイヌ語で「シコツ(大きな窪地、又は谷)」と呼ばれていましたが、当時この地に多くの鶴がいたことから、文化2年(1805年)「鶴は千年、亀は万年」の故事にちなんで「千歳」と命名されました。

 千歳市の開庁は、明治13年、当時はまだ人口もわずかでこれといった産業もなく、土地が火山灰地帯であったため農産物にも適さず、先人たちは苦闘のなかで酪農への道を開きました。

北海1号 今や国際航空定期便が就航する新千歳空港のはじまりは、大正15年に当時の村民が一致協力して広大な火山灰地に無償の汗で造った着陸場でした。同年10月22日午後1時15分、複葉機「北海」第1号が着陸しました。これが千歳飛行場の始まりです。

 着陸場建設から70年有余年、3,000メートル級の滑走路2本を有する空港として、24時間運用、国際エアカーゴ基地としての第一歩を踏み出すと共に千歳市の国際化の一翼を担って世界に翼を拡げています。

 さらに、都市基盤として今日の技術革新に対応し、我が国の明日を担う人材を育成するため、平成10年4月に最先端分野の一つである光科学技術を専門とした千歳科学技術大学が開学しました。

 千歳市は、順調な企業進出と人口増により発展を続けて、住みよい活力あるまちとして高い評価を受けています。

 さらに、大学を核とする産学官共同による光テクノロジーの頭脳拠点を形成し、21世紀を牽引する産業の育成に向けて、ホトニクスバレー事業をすすめ、北海道の発展に貢献するものと期待されています。

 千歳市は、先人の残した歴史的遺産を受け継ぎ、豊かな自然環境を守り育て、今、21世紀に向かって大いにはばたこうとしています。
千歳科学技術大学